つなぐ

大分国際車椅子マラソンで、小島将平さんの走りを見た瞬間、次世代のスターが現れたとすごく興奮したことを覚えています。小島さんの競技中の常に真剣な魂が宿った「瞳」に惹かれ撮影をするようになりました。

小島さんは、社会人3年目の2010年秋に骨肉腫のガンで左脚を切断し車椅子生活になりました。2012年の春に車椅子マラソンを始め、リオ、東京を本格的に目指そうとしていました。そして2014年には自己ベストを更新し、目標に向かって進んでいるその年の年末に医師からガン再発を告げられました。しかし彼は1年半後のリオパラリンピックも諦める気持ちは全くなく、抗がん剤の苦しい治療をしながらも、海外遠征もこなしながら競技を続行することをやめませんでした。なぜ彼はそこまでして走ろうとするのでしょうか。彼は子供の頃から一度やると決めたことは最後までやり通してきたといいます。いつもどんな時でも一切手を抜かずに、全力で目の前のことにたち向かい続けるのが小島将平という人間の生きる姿勢なのだと思います。

今年7月、小島さんは帰らぬ人となりました。パラリンピックに挑み続けることが叶わなかった小島さんのことを思うと無念でなりません。僕は小島さんの競技者としての姿勢を決して忘れません。彼の想いを次世代に伝えつなぐようにアスリートたちの熱情を写真で記録し続けます。

小島将平さんのご冥福をこころよりお祈りいたします。   
2016年9月 越智貴雄

*添付は毎日新聞の岩壁さんが執筆された記事です。

160920大阪社会面image.pdf